ベンダ工業 鉄の匠たち

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曲げの匠
代表取締役会長 八代 公治

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「世界の鉄を曲げてやる。」

鉄を曲げるには技術がいる.鋼材の反り返りや曲げによって生じる応力をコントロールするためには技術を要す。創業当初、冷問曲げ加工を手がける工場はなく、「ならば!」と工法も機械も自社で開発したのが創業者で初代会長の八代一芳だ。アイデアマンでチャレンジ精神旺感な一芳のひらめきを、兄で前会長の八代恭宏と共に形にしていったのが現会長の八代公治。 ベンダ工業の強みは、ベンダ工法という独自技術だけでなく、生産設備も自社で開発している点にある。現場で一芳や恭宏と共に誠行錯誤しながら、曲げに必要な加工機や治具を開発。手作業の機械化、作業の標織化を進め、量産化体制を築いてきた。「改警なくして成長なし」。ベンダ工業の歴史は、不撓不屈(ふとうふくつ)の精神で ものづくりに挑み続ける技術者たちの歴史でもある。

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圧延の匠
技術顧問 大鹿 守

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匠の教訓「技術は、伝える。」

ベンダ工業設立2年後に入社した大鹿は、創業者の一芳からものづくりの薫陶を受けてきた社員の一人だ。丸棒の鋼材をローラーにかけ、角断面に圧延する最初の工程で、鋼材の断面の4辺がまっすぐにならず、太鼓形になるのを克服するのに苦労した。「つぶし方(加圧の加減の仕方)を覚えるのに2年かかりました」。誰が教えてくれるわけで、もない。たった一人でデータを取り、イメージ通りに圧延できるまで圧延機を調整しながら作業を繰り返す。こうして一つひとつ身につけた技術を今、大鹿は海外の生産拠点の技術者たちに伝える役割を担っている。

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開発の匠
技術顧問 山根 孝

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匠の教訓「開発は繰り返し。」

開発には期限がある。刻々と過ぎる時間と戦いながら、ゼロから工程を考え、試作し、品質評価を繰り返す。設立当初、4、5人の社員たちで、休むのも 忘れて開発に没頭した。「とことんやって、絶対に成功させる。できないからと投げやりにならない。根気のいることですが、そうやってできあがった工程一つひとつに満足感があります」。量産化への道がついても、それで終わりではない。安心してしまっては品質の向上もない。現場を回りながら、変化はないかと常に声をかけ、目を光らせる山根の姿がある。

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切断の匠
阿南 庄次郎

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匠の教訓「失敗を恐れない。」

鋼材を曲げてから、切る.ベンダ工法では、圧延した鋼材を螺旋状に巻き、螺旋の軸方向に治って切断機で1個ずつのリングに切り分けていく。治具により螺旋状に巻かれた鋼材が拡張された状飽で切断するととにより、オーバーラップが生まれる独特の方法をとる。この一連の工程を担当する熟練者が阿南だ。失敗を恐れず経験を積む。失敗は即、会社の損失につながる。
「だからとそ、同じ失敗をしないように作業を繰り返す中で自分なりに工夫し、身につけていくしかない。経験とは、改善の積み重ねなのだから」若い社員に繰り返し阿南が伝える言葉だ。

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溶接の匠
日野 生男

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匠の教訓「自分の体で覚えこむ。」

溶接は、ベンダ工法の要となる工程の一つだ。切断時にオーバーラップを求めたリングをクランプと電極で上下から押さえつけ、オーバーラップ部分を溶かしながら繋ぐ。溶接後、バリをトリミングすれば、真円に近い形状で、溶接強度も高いリングができあがる。その際、溶接後のリングのグイチ※を±0.2mmに仕上げる腕を持つのが日野だ。「自分でやって覚えていくしかない」。日野の溶接技術に圧倒されつつも、若い社員たちは憧れを抱く。いつか日野を超えたい!と現場で彼の背中を見ながら、技術の習得に励んでいる。
※グイチ=愚位置。リングの画面にできるズレ

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検査の匠
中野 節子

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匠の教訓「意識は常に製品に。」

製造工程の最終段階で、ベンダ工業の品質を守るアンカーがいる。出荷前の製品に目を光らせている中野だ。出荷までの限られた時間に、寸法の違いや傷などがないか、素早く確実にチェックし、異常のない製品だけを送り出す。「会社に来たら、どこにいてもどこを通っても製品から目を離すことはありません。」その言葉通り、中野は検品出荷作業時間以外でも、前工程の現場から情報を集め、事前に頭の中にインプットしておく。常に製品に目と意識を向けることを忘れない。